大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1875号 判決

控訴人(原審本訴原告・反訴被告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 大畑雅敬

被控訴人(原審本訴被告・反訴原告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 佐久間三彌

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。原審昭和四七年(タ)第五三三号(本訴)事件について、被控訴人は控訴人に対し金二一七万四、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年一二月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。原審昭和四八年(タ)第一一三号(同上反訴)事件について、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。この判決は、かりに執行することができる。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、控訴人が当審において控訴本人尋問の結果を援用したほか、すべて原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一  離婚の請求(控訴人の本訴・被控訴人の反訴)について

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、控訴人と被控訴人とは、戦後間もなく識り合い、昭和三六年ころから同棲生活に入ったが、当時控訴人には妻A子と三人の子供があり、A子とは昭和四二年八月一八日調停によって離婚するに至った。しかし、控訴人と被控訴人との新らしい結婚生活も、右調停によって、前妻A子に対し、控訴人が財産分与として自分の居宅を贈与したほか、被控訴人と連帯して、三人の子供の養育費を向う三か年間にわたり毎月二万円ずつ支払うこととなっていたために、当初から極めて厳しい状況にあったこと。控訴人は、旧制の高等工業を卒業した電気関係の専門家であるが、被控訴人と同棲後も、約九か所に及ぶ職場を転々とし、一か所での仕事が長続きしなかったこと。また、控訴人は、被控訴人が長男を妊娠していた昭和四三年末ころから、仕事で出張するとか、会社に泊るとかいって、外泊することが多くなり、昭和四六年末ころは、被控訴人の留守中テーブルの上に給料を置き、二〇日以上も帰ってこないことが少なくなく、その間かつて控訴人の下で働いていた乙山春子と交際を続け、被控訴人が長男出産のために入院したり、昭和四六年四月約三週間にわたり単身でヨーロッパ旅行に出掛けた留守中、右春子が控訴人の許に出入していたこと。他方、被控訴人も控訴人と同棲するようになってから、それまで勤めていた○○市役所を辞め、控訴人の勤務先が変わる都度、控訴人について浦和、石巻、川崎、横浜、東京と移り住み、長男が生後僅か三日で死亡し、後に子供が出来なかったこともあって、昭和四三年一月ころパートタイマーとして勤めに出るようになってからは、家の事を構わず、また、控訴人の外泊が多かったためもあって、帰宅が遅く、夜の八時、九時は普通で、一二時を過ぎるときも稀ではなく、殊に、昭和四六年前半控訴人が糖尿病で入院したり、退院して自宅療養を続けていたときも、勤めに託つけて控訴人の面倒をほとんど見なかったこと。そうしたことから、控訴人と被控訴人とは、昭和四四年八月一八日婚姻届を出して正式に夫婦とはなったが、すでにそのころから、夫婦仲は冷くなり、相互不信の念抜き難く、夜遅く帰えって来ても、互いに相手にその訳さえ聞かないといった有様で、家庭内には些細なことで争いが絶えず、果ては、控訴人が被控訴人に対し、「お前のためにおれの家庭は目茶苦茶になった。」とか、「貴様の顔など見たくもない。」、「俺の方から出て行ってやる。」、「他に家を借りているから、お前とは一緒に暮らさない。」等と暴言を浴びせたり、被控訴人の髪の毛をつかんでひきずる等の暴行に及び、その騒ぎで鏡台の鏡が割れたこともあったこと。このような状態が続いているなかで、被控訴人は、控訴人の勤務先に電話をして、控訴人がそれまでにも会社に泊まっていなかった事実を確かめ、また、前記乙山春子の住んでいるアパートを訪ねて、控訴人が同訴外人と交際している事実を突きとめ、また、控訴人が被控訴人の留守中に自宅の電話、暖房器、ガス器具、ヒューズ等を取り外し、自分の荷物を整理している事実に直面するに及び、控訴人との結婚生活に見切りをつけ、後記認定のごとく身の廻り品や預金通帳等を持ち出し、昭和四七年二月一四日遂に家出を決行し、爾来控訴人との別居を続けて今日に至ったこと。以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

しかして、右認定事実によれば、控訴人と被控訴人との婚姻関係は、現在では完全に破綻し、結婚の実を挙げうる共同生活の回復は、もはや望むべくもなく、かかる状態は、まさに、民法七七〇条一項五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」にあたるというべきである。

もっとも、破綻の原因は、主として控訴人の責に帰すべき事情に由来するものではあるが、およそ婚姻関係破綻の経緯が極めて複雑微妙であることは、みやすいところであるから、右の事態を招来するに至った責任のすべてを控訴人のみに帰せしめることは酷に失し、被控訴人の愛情の喪失と結婚生活に対する非協力的な態度も婚姻関係破綻の一因をなしていることは、推認に難くないところである。それ故控訴人において被控訴人との離婚を求める本訴請求を有責配偶者の離婚請求として否定し去ることは、相当でないというべきである。

二  控訴人の損害賠償の請求(本訴)について

(一)  控訴人は、被控訴人には悪意の遺棄ないし計画的で悪質な婚姻関係破壊行為があったと主張し、そのことを前提として、離婚に基づく慰藉料を請求している。

しかし、本件訴訟に現われた全証拠をもってしても、かかる事実を認めるに足らず、却って、控訴人と被控訴人との婚姻関係破綻の原因は、前段認定のとおりである。それ故、控訴人の右請求は、すでに前提そのものにおいて失当たるを免かれない。

(二)  また、不法行為に基づく損害賠償についてみるのに、

(1)  被控訴人が(ア)昭和四七年二月上旬ころ控訴人に無断で客用ふとん二組、カメラ一台、毛布、アイロンを持ち出し、(イ)昭和四六年八月と一二月の二回にわたり、いずれも控訴人を被保険者とする保険金額五〇万円の簡易生命保険三口を解約し、解約金合計金九万一、一五〇円を受領し、また、(ウ)昭和四七年一月下旬から同年二月上旬にかけて、いずれも控訴人名義の神戸銀行代々木上原支店の普通預金一万九、〇〇〇円と協和銀行初台支店の普通預金一万円を無断で引き出し、(エ)同年二月ころいずれも控訴人名義の三井信託銀行新宿西口支店の貸付信託一口(元本金一〇万円)と金銭信託一口(元本一万一、七三四円)を無断解約し、合計金一一万一、七三四円を受け取り、そのころこれらの金員を費消したことは、被控訴人の認めて争わないところである。ところが、《証拠省略》によれば、右簡易保険の解約は、すべて控訴人の指示によってなされたものであり、また、客用ふとん、カメラは、ともに、被控訴人の特有財産であることが一応認められる。しかのみならず、仮りに、控訴人主張のごとく、簡易保険の解約も控訴人に無断でなされたものであり、しかも、前記三口のほか、保険金額一〇〇万円の簡易保険一口も解約され、三菱銀行新宿支店の普通預金五万円も引き出され、客用夏ふとん二組も持ち出され、また、客用ふとんやカメラが被控訴人の特有財産ではなく、これらの価格が控訴人主張のとおりであるとしても、当時被控訴人の置かれていた事情、物件の種類・金額等にかんがみれば、これらの無断持出し、費消は、婚姻関係が完全に破綻していたとはいえ、いまだ法律上の夫婦たるを失わない控訴人と被控訴人との関係においては、不法行為を構成しないものと解するのが相当である。それ故、控訴人のこの点の請求もまた、理由がない。

(2)  なお、控訴人は、名誉毀損を理由として損害賠償の請求をしているが、たとえ被控訴人に控訴人主張のような事実があったとしても、夫たる控訴人の勤務する会社の社長又は控訴人らの住むマンションの特定の隣人に対し、控訴人主張のような事実を告げるがごときことは、不法行為としての違法に他人の名誉を毀損した場合に該当しないものというべきであるから、控訴人の右請求もまた、排斥するのほかはない。

三  被控訴人の慰藉料並びに財産分与の請求(反訴)について

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、前叙のごとく、控訴人と被控訴人とが同棲生活を始めたころ、被控訴人は、一四年六か月にわたって勤めてきた○○市役所を退職し、母から相続した○○市の家屋(床面積五三・七一平方メートル)に控訴人とともに住み、その後控訴人の仕事の都合で他に転居するようになってからは、右家屋を第三者に賃貸し、その家賃(当初は月一万五、〇〇〇円であったが、後に一万七、〇〇〇円、二万円と順次増額された。)の収入は、被控訴人の前記パートタイマーとしての収入(月額約二万円)とともに、控訴人の月給が一〇万円を多く出なかった実状の下では、家計の相当な支えになってきたことは明らかである。また、被控訴人は、同棲生活を始めたころ、退職金を含めて預貯金、株券等で合計百七、八拾万円を持っていたが、右の家賃収入とともに、これらの金員は、後記認定のごとく家屋購入資金に充てられたほかは、寸借名義で控訴人に渡したり、日常の生活費に費消されてしまったこと。なお、控訴人、被控訴人とも、後記○○のマンションのほかは、みるべき資産がないこと。さらに、被控訴人は、控訴人が昭和四二年九月一七日勤務先から借金して横浜市で建売住宅を三六〇万円で買い入れた際、その買入代金のうちの一六〇万円を支出し、また、昭和四三年五月一九日右家屋を三八〇万円で他に売却し、同年八月八日渋谷区○○×丁目××番の×に鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一四階建マンションの五階五〇四号室(床面積七〇・一一平方メートル)を代金七一〇万円、内頭金二二〇万は即時支払い、残金はローンで支払う約で買うに当っても、控訴人と共同買受人となり(もっとも、登記は、当時被控訴人がまだ入籍されていなかったので、抵当権の設定等を容易にすることを考慮して、控訴人の単独所有名義にした。)、右頭金の不足額四〇万円を支出し、ローンは控訴人において現在支払っていること。以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

しかして、右認定の事実に徴し、また、前段認定のごとき婚姻関係破綻の原因、同棲及び婚姻の期間、被控訴人の年齢、控訴人の財産状態及びこれに対する被控訴人の貢献度等諸般の事情を考慮すれば、控訴人は、被控訴人に対し、離婚に基づく慰藉料として金一五〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四八年四月三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金と、また、離婚に基づく財産分与として金三〇〇万円を支払うべき義務があるものというべきである。

よって、控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求をそれぞれ前記限度において認容しその余を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 柳沢千昭 裁判官古川純一は、転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 渡部吉隆)

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